正文

1 浮云/浮雲(yún)

日本近代文學名作鑒賞:漢、日 作者:譚晶華 著


1 浮云/うき雲(yún)ぐも

二葉亭四迷

【作品梗概】

主人公內海文三出身于靜岡縣的舊武士家庭,他告別了鄉(xiāng)下的老母,獨自一人來到東京,寄宿在叔父園田孫兵衛(wèi)家。完成學業(yè)之后,在機關里當上了一名小官吏。文三的叔父經常外出經商,家里只有嬸母阿政和兩個孩子(一個寄宿學校)。阿政是孫兵衛(wèi)的后妻,一個典型的功利主義者、勢利小人,開始她覺得文三頗有出息,意將比文三小5歲的女兒阿勢許給文三。阿勢長得很俊俏,自幼是母親的掌上明珠,長大后成了一個驕縱任性的姑娘,她受到當時所謂的“文明開化”的社會風氣的影響,接受了明治初期的資本主義新時代的教育,洋氣十足。她靠著天生的小聰明,看上去學、藝兼優(yōu),實際上卻很淺薄,并不很看重為人正直的文三。文三愛上了阿勢,但始終沒有勇氣向她表明自己的愛慕之心,心情很抑郁。

兩年后,機關進行行政改革時,生來不擅溜須拍馬、巴結上司的文三被免職了。阿政對文三的態(tài)度頓時一落千丈。文三被免職的第二天,她口出污言,罵了文三,以后經常指桑罵槐。阿勢當時雖然為文三辯護了幾句,但很快和文三的同僚本田升親熱起來。本田升是精于世故、善于蠅營狗茍的人,行政改革中非但沒被免職,反倒官升一級,當上了科長。11月2日那天,本田邀請阿政一家去團子坂觀菊,阿勢居然欣然前往,這使文三苦惱萬分。

這以后,本田與阿政母女的來往日益親密,對文三則竭盡嘲弄之能事。阿勢勸文三去求本田為其復職出一臂之力,然而,文三根本不愿與只知對上級獻媚求寵的庸俗之輩本田一談。為此,文三和阿勢發(fā)生了爭吵,他覺得自己在園田家已經無法住下去,便決定對阿勢進行一次忠告,然后堅決離開她家。

【作品鑒賞】

《浮云》發(fā)表于1887年,是日本近代文學史上的第一部杰出的長篇小說,共由三編組成,因為當時作者還是無名文學青年,所以第一、第二編是以坪內逍遙的名義發(fā)表的。

作品成功地塑造了四個栩栩如生、呼之欲出的人物形象。如果我們把阿政的功利主義看作是封建時代的舊思想的代表,而把文三鄙視虛偽、憎惡諂諛看作是資本主義初期的新思想的代表,那么,本田就是一個貌似具有新思想、實為地道的舊思想的衛(wèi)道士,而阿勢則是游弋在這幾者之間的一朵浮云。作品通過明治初期的一個小人物文三丟了工作、失去戀人,小小的愿望被無情粉碎后成為社會上多余的人的遭遇,反映了明治初期日本知識分子的苦惱,揭露了明治時代官場的黑暗和世態(tài)的炎涼,批判了當時社會中單純模仿西方社會的種種淺薄的所謂“文明開化”的現(xiàn)象。日本文學界高度評價這部名垂于文學史的現(xiàn)實主義杰作。中村光夫等人編寫的《近代日本文學史》中說:“文體采用日本最早出現(xiàn)的清新的言文一致體,并熟練地運用從俄國小說里學來的現(xiàn)實主義手法,準確地、寫實性地描寫了近代社會及其人物。”這部小說給之后的日本文學的創(chuàng)作和近代文學的發(fā)展帶來了極大的影響,從而使作者成為日本近代文學的先驅者之一。

選文一[1]

「ですがネ、きょういくのないものばかりをめるわけにもいけませんヨネー。わたくしほうゆうなんぞは、きょういくるとほどりゃアしませんがネ、それでもマアつうきょういくけているんですよ、それでいてあな西せいようしゅのわかるものは、じゅうにんうちにたったよったりしかないの。そのよったりもネ、じゅくにいるうちだけで、ほかへてからはネ、くちほどにもなくりょうしんあっせいせられて、みんなおよめッたりお婿むこッたりしてしまいましたの。だからいままでこんなことをッてるものはわたくしばッかりだとおもうと、なんだかこころぼそくッてこころぼそくッてなりません。でしたがネ、このごろ貴君あなたというしんゆうきたから、アノーたいへんじょう[2]になりましたわ(略)。それでもわたくしにはあなはよくわかッているつもりですよ。あながくしきッて、ひんこうほうせいで、おやこうこうで…」

「だからあなたにはわたくしわからないというのです。あなたはわたくしおやこうこうだとおっしゃるけれども、こうこうじゃアありません。わたくしには…おやより…たいせつものがあります…」トどもりながら[3]ッてぶんぞううつ[4]う。おせいそうにぶんぞうようながめながら

おやよりたいせつものおやより…たいせつな…ものおやよりたいせつものわたくしにもありますワ」

ぶんぞうはうなれたくびふりげて[5]

「エ、貴嬢あなたにもありますと」

「ハアありますワ」

れが」

ひとじゃアないの、アノしん

しん

ぶんぞうぶるぶるどうぶるいをして[6]くちびるいしめた[7]まましばらくだんまり(略)

【選文注釋】

[1]本段引自《浮云》第三章“異常奇特的初戀(下)”。仲夏之夜,文三散步回來,阿政外出未歸,只有阿勢在家。阿勢主動邀請文三進屋閑聊解悶,言談中她若無其事地告訴文三,母親說,你和文哥要好,不如趁早結婚。文三聽后心旌飄搖,很想就勢道出對阿勢的愛情,但又不敢啟齒。這個場面生動地描寫了文三的忠厚、誠懇和阿勢的輕浮、淺薄。

[2]大変気丈夫:有了主心骨,很有信心。

[3]吃りながら:結結巴巴地。

[4]差し俯向く:低下頭去。

[5]うな垂れた頸を振り揚げて:抬起低垂的頭。

[6]慄然と胴震いをする:渾身顫抖。

[7]唇を喰いしめる:咬緊嘴唇。ft

選文二[8]

せいものむかいたのち、ぶんぞうようやすこおちついて、つくねんつくえほとりうづくまッたまま、うであごえりうずめておうのうたるものおもいにしずんだ。

どうもかかる、おせいことかかる。こんな區(qū)たることむだけがそんそんだとおもいながら、ツイどうもかかってならぬ。

およあいあいするふたツのこころは、いったいぶんしん[9]りつするものでもなく、またようとてるものでもないゆえに、かたかたこころよろこときにはかたかたこころともよろこび、かたかたこころかなしむときにはこころともかなしみ、かたかたこころたのしむときにはこころともたのしみ、かたかたこころくるしむときにはかたかたこころともくるしみ、しょうにもあいかんにもあいかんじ、かいてきえつ[10]、へいはんもんにもあいかんじ、つうこころこころよびおこけっしてかんかくする[11]ものい、とこんにちまで[12]ぶんぞうおもっていたに[13]いまぶんぞうつうようをおせいかんぜぬはしたものだろう。

どうもれぬ、ぶんぞうにはへいましているおせいこころのみめぬ。

【選文注釋】

[8]本段引自《浮云》第八章“團子坂賞菊(下)”。阿政、阿勢和本田升去團子坂賞菊后,文三獨自左思右想,揣測阿勢的心情,異常煩惱。文三雖然受到邀請,但是失業(yè)后心境不佳,所以沒有同行。他從阿勢的眼神和動作上確信她是愛著自己的,但卻不為自己分憂,竟毫不在乎地和自己憎恨的本田一起外出賞菊。這使文三切實感到了她的冷淡和不可捉摸。像這樣深入細致地描寫人物內心活動的手法,正是《浮云》的新鮮之處。文章中除了“今日が日”和“思っていたに”等兩三處文語外,均為口語體,讀來明快流暢。

[9]一體分身:指相愛的人應兩個身軀一條心。

[10]適悅:心滿意足。

[11]齟齬し捍格する:齟齬捍格,相互不容、沖突。

[12]今日が日まで:文語殘余,相當于“今日まで”。

[13]に:文語接續(xù)助詞,表示后項的事實與前項的預想結果完全相反,即表示逆接,相當于現(xiàn)代語中“のに”或“けれども”之意。ft

【作者簡介】

ふたていめい(1864—1909)原名長谷川辰之助。明治時代的小說家和翻譯家。他很早提出“小說家的職責是要道出人生真諦”的主張,在文學反映現(xiàn)實、反映時代精神、指導讀者認識人生、認識社會方面作出了可貴的努力。二葉亭四迷這一筆名是“你給我死掉算了”一語的諧音,表明作者對當時社會現(xiàn)實的懷疑、不滿和憤慨。他的主要作品還有文藝評論《小說總論》、小說《面影》和《平凡》等,并有用現(xiàn)代口語翻譯的屠格涅夫的《幽會》《邂逅》等小說。二葉亭四迷1908年赴俄國彼得堡出任《朝日新聞》特派記者,不幸染上肺病,翌年回國途中客死于印度洋上。


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